戦争とは、相手に我が意志を強要するために行う力の行使である。
クラウゼヴィッツの戦争論第一編第一章第二節の言葉だ。
古今東西戦争は絶えることなく続いており、上記の定義は未だに生き続けてはいる。しかしながら、その内実は全盛期後半にいたり大きく変わってしまったのかもしれない。
世界大戦が過去の言葉となりつつあり、国家間の総力戦さえも過去の言葉となろうとしている用にも思える今、行われている戦争の目的は千年前に戻ってしまったかのようにも思える。国家の政策の延長として行われるのではなく、ただ単に資産の略奪のために行われている。戦争は略奪のための行為に戻ってしまったのだ。
そしてそこで戦うのは恐るべきことに子供たちだ。戦いに赴くのは大人の男の仕事であったことは暗黙の了解として存在していたが、それすらも今は失われた。
子供兵は「調達」するものである。 大人よりも「調達」が容易であり、大人よりも「恐怖」によって容易に教化され、大人よりも容易に「凶暴」となりうるという理由により、子供たちは兵士へと仕立て上げられる。
何よりも重要なのは「調達」が容易であることだ。そう、物資のように「調達」するのだ。生きるために兵士になる者もいる。しかしながら、それとて元はといえば戦争を起こした者にそのように仕向けられているにすぎない。兵士とならざるを得ない状況を作り出すのはいつだって調達する側だ。
自主的に兵士になる者もいる。だがそれは大半の場合、調達する側のプロパガンタによって兵士になることを英雄的行為であると信じ込まされているにすぎない。恐るべきことに兵士になることから子供を守るべき親が、そうと信じ込まされ積極的に子供を差し出すことさえある。
そうして調達するために必要なコストは限りなくゼロに近い。だからこそ兵士とも呼べない敵を攪乱するための「囮」、もしくは敵をあぶり出すための「的」としてさえ利用する。
調達された子供たちは暴力によって兵士に仕立て上げられる。これは大人の兵士においてもある程度黙認される行為ではある。しかしながら最悪の場合、手近な者を殺させることで逃れられない枷をはめる。殺すべき相手はともに調達されてきた子供であったり、血縁者だったりもする。
戦いに赴くに当たり往々にして麻薬が支給される。麻薬によってハイにさせられた子供兵は恐るべき殺戮者に変わる。そして相対する者は子供であるが故に判断に迷い、その迷いは多くの場合致命的となる。
子供の兵士は「見えない兵士」といわれる
そのようなまさに地獄といえる状況の中で、生き残る子供は少ない。「調達」され「消費」されるのだ。生き残った者は成年となり、「兵士」となる。そして子供兵を使う者は建前上その存在を否定する。消費され、存在を否定され、消費される子供兵たちは文字どおり「見えない兵士」となるのだ。
戦争の最大の被害者の一つは「兵士」である。 戦争によって生まれる最大の被害者は巻き込まれた民間人たちである。これに疑いを挟む人はおそらくいないだろう。しかしながら被害者に「兵士」をあげる者はどれほどいるだろう?
様々な理由で戦場に送り込まれた兵士は敵を殺すこととなる。兵士はいかに教化され、戦う意志を持っていたとしても、我々と同じ人間である。故に多くの場合、戦闘の後に精神に支障をきたす。国家間の大人同士の殺し合いでさえそうなのだ。では、殺すべき敵が、年端もいかない子供であったなら? そして子供が子供を殺すのであったなら? 精神に与えられる衝撃は想像を超えた者であるに違いない。
調達され、絶え間ない精神への衝撃を受け続け、消費され、その存在を否定される子供兵は戦争最大の被害者の一つと間違いなくいえるだろう。
子供兵問題解決の前途は多難である。 本書では子供兵の問題を解決していくに当たり、いくつかの提言を行っている。
・子供兵を使うこと自体を戦争犯罪と見なすという共通認識を作り上げる。そのために、子供兵を利用している者を告発し前例を作る。
・子供兵に対した場合、彼らを死傷させないようあらゆる手だてを講じる。その上で子供兵と対した兵士たちを非難することなく、非難の矛先を子供兵の利用者に向ける。
・子供兵の武装を解除し、一般の兵士以上の更正と社会復帰のための治療、教育を行う。
至極もっともな意見だが、現実は厳しいといわざるを得ない。そもそも復帰すべき社会自体が子供兵を当たり前のように使う世界である以上、堂々巡りになる可能性が高い。為政者たちが隣のダイヤモンド鉱山を手に入れるために戦争に精を出しているような場所、国を挙げて敵対民族を抹殺しようとしているような場所では彼らが再び武器を取るのはそう遠くない未来と思わざるを得ない。
子供たちの手から武器を離させるためには彼らが戻るべき社会を、国の方針を変えていく他はない。しかしながらそれを行うには、まず多くの者が現実を知る必要がある。日本いえばイラク情勢と同程度に報道され、認知される必要があるだろう。そうすることで彼らを救うべき力と資金を持つ国の目を彼らの方向へ向けさせねばならない。
我々がなすべきことは、まず子供兵が存在していることを知ること、彼らのいる国、社会の状況を知ることだと考える。
本書はそのための一歩となると思う。